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Channel: 映画収集狂
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毬の行方 ①

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「何が彼女をそうさせたか」を見てから、少しずつ時間が経過するにつれて、そのとき自分が「感動した」と思った気持ちが、果たして本物だったのだろうかと、だんだん自信がなくなってきました。

それは、ちょうどエイゼンシュタインの強烈な映像群に接し、衝撃的映像に強引に捻じ伏せられたときに感じたあの「感動」に似ていることに気がついたからです。

エイゼンシュタインの強引な映像に捻じ伏せられることの快感を、当初は、マギレもなく「感動」だと信じていたのですが、時間がたつにつれて、その「感動」が違和感のある嫌なものに変質し始めたことに気がつきました。

たぶん、その感情は、「唆された」とか、「煽られた」とか、「騙された」みたいな、自分の積み上げてきた映画体験とは程遠い「きな臭い」ものだったからかもしれません。

しかし、「傾向映画」なんていうものは、だいたいがそういうものだよと言われてしまえば、それまでなのですが、偏った政治的主張のために、ただの道具として利用されたり、使い捨てされる現実をみることをは、映画を愛する者にとって、なんだか居たたまれない思いにさせられることには違いなく、それではあまりにも「映画」というものが哀れでなりません。

亀井文夫や山本薩夫、そして今井正など日本の優れた映像作家たちに対して、自分がもうひとつ共感できなかった理由は、たぶんそのあたり(被虐性を売り物にする)にあったのかもしれません。

「何が彼女をそうさせたか」を見て、とても印象深かったのは、孤児・すみ子を食い物にする周囲の悪辣な人間たちを過剰に演じる役者たちの名演技ぶりです。

たとえ過剰であったとしても、やり過ぎだとまでは感じさせないその嫌らしいほどの悪辣さを、堂々と、そして嬉々として演じていました。

エイゼンシュタインは、日本の歌舞伎の大見得からヒントを得て、それを演技指導に生かしたと言われていますから、この「何が彼女をそうさせたか」に登場したバイプレイヤーたちの名演技は、その「逆輸入」の効果が十分に発揮されていたと見ていいかもしれません。

それに引き換え、主人公・すみ子の演技はどうだったか。

過酷な運命に見舞われ、ときには悲しみに表情が顔を曇らせることがあっても、しかし、それはあくまで「微かなもの」でしかなく、だいたいは、まるでバスター・キートンのような無表情を通して、世間の辛酸や虐待に対峙します。

そして、そのすみ子の、終始崩れることのない「無表情」に次第に観客はジレてきて、ついには彼女の負のイメージの妄想を広げることになります。

つまり、このように苛められ虐げられることが、彼女にはいまだ信じられない、それほど彼女は幼く、健気にして純粋無垢、さらに弱々しくて無力な少女なのだと、その運命を先読み・深読みしてしまうことになるかもしれません。。

「これが手だな」と思いました。いわゆる「被虐性を売り物にする」です。

僕のごく少ない鑑賞経験からすれば、ポルノ作品において、例えば男優が加虐の演技をいくら激しくギンギンに演じようと、女優の被虐の演技で上手に受けて合わせないと、どうしてもひとりだけ空回りして男優だけが浮いてしまう、観客を欲情させられない失敗作となってしまうはずです。

僕のごく少ない鑑賞経験からいうと(こればっかり)、受けに回る女優の過剰な「七転八倒」の演技よりも、声を殺して恥じらいに耐える抑制された演技の方が、遥かにイイ効果をもたらすと思います、友人から聞いた話ですが。

日本映画史上屈指の名作「何が彼女をそうさせたか」をポルノ映画の観点から論じるなどお叱りを蒙りそうですが、虐待され苛められるすみ子の無表情にこそ、この「傾向映画」を成功(?)に導いた鍵があるのだと言いたかったのです。

佐藤忠男「日本映画史 1」には、この映画の助監督を務めた木村荘十二のインタビューが掲載されています。

「・・・感情を興奮させるようなモンタージュを使っている。多少煽情的にね。曲馬団の場面では、芸人に苦しめられている次のショットにねずみが籠の中で空まわりしているショットをモンタージュしたりね。・・・客の反応がね、すごいんです。最後の方で主人公が反抗するところがあるんだが、その辺になると『そうだ! やっつけろ』って下駄や草履をスクリーンにぶっつけるんだな。」(303頁~304頁)

しかし、自分は、なにも映画を見て、その煽情的な内容のままに、激昂したり、怒りの拳を突き上げたり、権力打倒の革命歌を歌う積りも、そして、歌わせられる積りもありません。

こんなふうに、名作「何が彼女をそうさせたか」に、確かに感動はしたけれども、その一方で、それと同じくらいの後味の悪さも感じていた折も折、これもまたyou tubeで「毬の行方」という大変興味深い作品を鑑賞しました。

あとで分かったことですが、奇しくも、この作品は「何が彼女をそうさせたか」と同じ1930年の作品で教育映画として作られたとのことで、かたや傾向映画の全盛期を象徴する作品「何が彼女をそうさせたか」と対峙する格好な作品ではないかと位置づけて(自分勝手にですが)、この「毬の行方」を大変面白く鑑賞することができました。

さて、教育映画「毬の行方」ですが、佐藤忠男「日本映画史 1」では、こんなふうに紹介されています。

《貧しい少女と金持の少女との友情を扱った美談調の内容である。貧しい少女は、父親が酔っぱらいで、小学校卒業後、女学校へ進学できない。金持の同級生が同情して、両親に頼んで貧しい少女の父親の死後、彼女を自分の家に引き取って、一緒に通学できるようにしてあげる。貧しい少女は感謝するが、ある日、他人の世話になるのは良くないと決心してこの家を出て自立する。そして何年か後、作家となって成功した彼女は、クラス会で懐かしい友達と再会する。貧しい少年少女が健気に努力するということと、金持の子には意地悪な子と善意の子がおり、意地悪な子はやがて後悔し、善意の子は感謝されるという物語もまた、この時代の教育映画の定型をなしている。》

若干補足すると、貧しい少女というのは「一子」というのですが、「字面的にどうなの」という感じなので、ここではあえて「かず子」と書くことにします。

「父親が酔っぱらいで」とありますが、ただの酔っぱらいなどという人は、この世にはいません(自分もむかし生意気な女から「ただのデブ」といわれて、カッときたことがあります)。
この父親、「馬方」という立派な職業人なのですが、なにせ天候によっては仕事にならない日があるために収入が不安定で、それでたまたま「貧乏」なときもあるというだけ、たぶん金回りのいいときだってあるはずです。

ストーリーを追っていくと、なんだか「酔っぱらい」と「貧乏」とを結び付けたがっているように見受けられますが、それは明らかに誤りです。

肉体的疲労を回復させるか、あるいは一時的に忘れるために疲労した肉体をアルコールで麻痺させることが職業人としての馬方の急務なので、父親としても「酔い」を愉しむなどという段階では最早なかったはずです。
しかし、映画にみるように、だらしなくグデングデンになるまで酔うのは、家計を圧迫するほどの大量な飲酒によるものではなく、すでに健康を害している病的な現われとしての酔態と見るべきで、少量のアルコールでもあのように酔いつぶれるというのは、疑いなく喫緊の病魔が迫っていると見るべきかもしれません、なにしろ、そのすぐ後で死んでしまうのが、いい証拠です。

現代に生きる僕たちには、進学のみならず生活全般も世話してくれる恩人の家を断りもなく密かに出て行くなどというあたりが、もうひとつ理解できない部分で、ここははっきり先様に自分の気持ちをお話しして納得づくで独立するなり、なんらかの行動に出ればよかったのではないかと考えたりもするのですが、そんな甘いもんじゃないよキミと、なんだか明治の人に叱られそうな感じです。

貧乏人にもプライドがある、誰の世話にもならず立派に自立して成功したあと、しかし、受けた恩だけはきっちり返す、というわけです、この自助努力、実に立派です。見上げたものです。

「何が彼女をそうさせたか」の「おねだり姫」のようなすみ子とは、ここが違うのです。

まあ、自分としても、鬱憤晴らしに教会を焼き払ってしまうより(これも凄い話ですが)、どちらかといえば和やかなクラス会の方が好みなので、「ヤッパ、教育映画の勝ち」ということになりますが、佐藤忠男氏の解説の最後の方で「そして何年か後、作家となって成功した彼女は、クラス会で懐かしい友達と再会する。」とあるのは誤りで、「かず子」は作家になったのではなく、お蕎麦屋さんで成功し、かつてお世話になった親友(画家になっています)の絵を大金で購入することで親友の窮地を救うということが、この映画の最後で語られていました。

いわば友情の証しですよね。

(1930サワタ映画製作所)監督・沢田順介、脚色・松本英一、山本夏山、原作・佐藤紅緑(「少女倶楽部」昭和3年1月号~昭和4年7月号連載)、撮影・久山義遠、浜田雄三、活弁士:松田春翠
出演・山口定江(宮下一子)、筒井徳二郎(その父安兵衛)、佐々木美代子(外山礼子)、末吉春人(外山雪堂)、木ノ花澄子(夫人里子)、立花敬輔(矢沢先生)、高井敏子(田圃の小母さん)、関口紀代子(百瀬幸枝)、島岡道子(飯塚芳子)、井上三郎(礼子の弟茂)、工藤正夫(山田の金ちゃん)、
製作=サワタ映画製作所 1930.01.26 大阪敷島倶楽部 6巻 白黒 無声


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