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そこのみにて光輝く

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「そこのみにて光輝く」のなかで、どうしても引っかかる場面がありました。

同僚を自分の不注意から鉱山の発破事故で死なせてしまった達夫(綾野剛が演じています)が、その記憶に苦しみつづけ、立ち直れないまま苦痛を酒で紛らわすため、毎夜、歓楽街を彷徨って泥酔するまで飲み歩くという荒んだ生活を続けていたそんなとき、たまたま立ち寄った売春バーで千夏(池脇千鶴が演じています)と出会う場面です。

このシーンは、この物語にとって、もっとも重要な場面といっても言い過ぎではありません。

実は、その前日に、パチンコ屋で顔見知りになった拓児(菅田将暉の好演が光ります)という男に「メシでも食わないか」と彼の家に誘われ、そこで彼の姉・千夏にはじめて出会っています。

そしてふたりが交わしたわずかな会話の中に、互いに興味を抱いて惹かれあう兆しが、遠慮がちに描かれており、観客にこれからふたりの関係が徐々に深まっていくのだろうかと思わせたその直後に、この売春バーでの痛切な出会いが描かれているのです。

はじめて出会い、互いに興味を抱いて、わずかながらも好感を持ちはじめて会話を交わしたふたりにとって自分のいい面だけを見せたいに違いない「出会い」のその直後、偶然に出会ったその場所は、こともあろうに他人には絶対に知られたくない自分の最も弱く醜悪な姿をまるごとさらけ出しているという悲痛な、売春と泥酔の「現場」でした。

そこで不意に出会ったふたりは驚愕し、動揺し、しかし、戸惑いながらも、徐々に状況が分かってきた達夫が、「いくら」と店のママに「彼女の値段」を尋ねます。

そして、「8000円」という答えに、達夫は思わず笑い出してしまう。

千夏は、侮辱されたと激怒し、達夫を幾度も殴って店から追い出します。

しかし、達夫のこのときの笑いが、泥酔していたとはいえ、本当に「軽蔑」の笑いだったのだとしたら、このように嘲り傷つけられて破壊された人間関係が、果たして、まるでなにごともなかったみたいに、このように修復できるものなのだろうか、という疑問にとらわれてしまったのでした。

すこしあと、次第に2人が親密になって、やがて達夫から求愛されたとき、千夏は、自分には養わなければならない家族があり、そのためにはどうしても「売春」しなければならないのだと、言い返す場面があるのですが、しかし、それは、あの夜に受けた「8000円」と侮辱されたことに対しての抗弁だとしたら、あまりにも冷静すぎるように感じました。

侮辱され傷つけられた人間の怒りと怨念の記憶は、こんなもので収まるはずがない、という違和感、ストーリーの本道からいつの間にか忘れ去られてしまったかのような「8000円」といわれたあの侮辱はどこへいってしまったのかという違和感をずっと持ち続けてきました。

それとも千夏にとってあの「8000円」といわれたことは、侮辱でもなんでもないことで、右から左に聞き流せる些細なことだったのか、これではまるで侮辱を受けたことなど「なかった」みたいではないか、と考えたとき、そうか、本当は「なかった」のかもしれないなと思い立ちました。

映画のオリジナルなら、そういうことは十分に考えられることです。

映画を見てから、原作を読むなどということは、ついぞしたことがないのですが、今回は例外です。

さっそく図書館から原作本「そこのみにて光輝く」を借りてきて読み始めました。

欲情にとらわれた達夫が、女を求めて夜の街に彷徨い出るクダリは、確かにありますが(41頁)、しかし、そこでは千夏との出会いはありません。

あるいは、千夏が、達夫との性交時にバーで体を売っていることを告白するクダリもありますが(58頁)、達夫が客だったこともありません。

ですから、「8000円」も原作では最初から存在しなかったことになります。

分裂していたふたつのストーリーを「場」によって結び付け、ドラマを盛り上げる巧みさには心底感心しました。

しかし、ひとりの人間の値段の「8000円」という数字が、あまりに強烈すぎて、その痛切な存在感がドラマの中でいつまでも尾を引き、「あれってどうなった」みたいな影響力が一人歩きしてドラマに綻びをきたすことまでは想定できなかったことを除けば、ですが。

そして、もうひとつ原作と違うところがありました。

達夫が苦しんでいた「同僚を死なせてしまった」あの発破事故は原作にはなく、あるのは、造船所で働いていたとき拘わっていた組合活動に嫌気がさして、さっさと勧奨退職したことと(スト破りみたいな感じだったのでしょうか)、かつてのその組合員からときたま嫌味な干渉を受けていることが寒々しく描かれているだけです。

もし原作に忠実に描いていたとしたら、党派の迷宮に足を取られ、これほどまでの求心力を獲得できていたかどうか、すこぶる疑問とするところです。

監督・呉美保の選択は、ともに正しかったと言うほかありません。

(2014「そこのみにて光輝く」製作委員会)監督・呉美保、原作・佐藤泰志「そこのみにて光輝く」1989河出書房新社刊、第2回三島由紀夫賞候補作、脚本・高田亮、音楽・田中拓人、製作・永田守、企画製作・菅原和博、エグゼクティブプロデューサー・前田紘孝、プロデューサー・星野秀樹、アソシエイトプロデューサー・吉岡宏城、佐治幸宏、キャスティングディレクター・元川益暢、ラインプロデューサー・野村邦彦、撮影・近藤龍人、照明・藤井勇、録音・吉田憲義、美術・井上心平、編集・木村悦子、助監督・山口隆治、助成・文化芸術振興費補助金、配給・東京テアトル、函館シネマアイリス、宣伝・太秦、制作プロダクション・ウィルコ、製作・「そこのみにて光輝く」製作委員会(TCエンタテインメント、スクラムトライ、函館シネマアイリス、TBSサービス、ひかりTV、ギャンビット、TBSラジオ&コミュニケーションズ、太秦、WIND)、レイティング・R15+、英題THE LIGHT SHINES ONLY THERE
出演・綾野剛(佐藤達夫)、池脇千鶴(大城千夏)、菅田将暉(大城拓児)、高橋和也(中島)、火野正平(松本)、伊佐山ひろ子(大城かずこ)、田村泰二郎(大城泰治)、奥野瑛太、あがた森魚、猫田直、小林万里子、熊耳慶、中村憲刀、小林なるみ、近藤奈保妃、横内宗隆

第38回モントリオール世界映画祭コンペティション部門出品・最優秀監督賞(呉美保)、第22回レインダンス映画祭・ベストインターナショナル賞、第6回TAMA映画賞・最優秀女優賞(池脇千鶴)、最優秀新進男優賞(菅田将暉)、第36回ヨコハマ映画祭・ベスト10第1位、作品賞、第88回キネマ旬報ベスト・テン(2015年)・日本映画ベスト・テン1位、監督賞(呉美保)、脚本賞(高田亮)・主演男優賞(綾野剛、『白ゆき姫殺人事件』と合わせて)、第38回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(池脇千鶴)、第29回高崎映画祭・最優秀監督賞(呉美保)、最優秀主演男優賞(綾野剛)、最優秀助演女優賞(池脇千鶴)、最優秀助演男優賞(高橋和也、菅田将暉)、第69回毎日映画コンクール・日本映画優秀賞・男優主演賞(綾野剛)、女優助演賞(池脇千鶴)、監督賞(呉美保)、第57回ブルーリボン賞・監督賞(呉美保)、第10回おおさかシネマフェスティバル・作品賞、主演男優賞(綾野剛、『白ゆき姫殺人事件』と合わせて)、主演女優賞(池脇千鶴)、助演男優賞(菅田将暉、『海月姫』、『闇金ウシジマくん Part2』と合わせて)、監督賞(呉美保)、撮影賞(近藤龍人、『私の男』と合わせて)、平成26年度芸術選奨文部科学大臣新人賞映画部門(呉美保)、第9回アジア・フィルム・アワード - 最優秀助演女優賞(池脇千鶴)、第24回日本映画批評家大賞・監督賞(呉美保)、主演男優賞(綾野剛)、助演女優賞(池脇千鶴)、助演男優賞(菅田将暉)


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